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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)1242号 判決

原告 有限会社ジェーアンドピー

右代表者取締役 龍野博亮

右訴訟代理人弁護士 田村正孝

被告 本蔵晶子

右訴訟代理人弁護士 秋山年紹

被告 中川健一

右訴訟代理人弁護士 伊藤忠敬

主文

1  被告らは、各自、原告に対し、金二七万四六七〇円およびこれに対する昭和五七年二月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告ら、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立事項

一  原告

1  被告らは、各自、原告に対し、金一五〇万二八四〇円およびこれに対する昭和五七年二月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二主張事実

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年一月三〇日、被告本蔵晶子(以下「被告本蔵」と略称する)との間で、同被告を原告が経営するナイトクラブ「ジョリファム」のホステスとして雇傭する契約を締結したのであるが、それと同時に、同被告と次の(一)ないし(三)の取決めを交した(以下、(一)の取決めを「貸付金約款」、(二)のそれを「契約金約款」、(三)のそれを「飲食代約款」といい、併せて「本件約款」という)。

(一) 原告は、被告本蔵に対し、一〇〇万円を同年二月から六月にかけての毎月一〇日限り二〇万円ずつ分割して返済するとの約定で貸し渡す旨

(二) 原告は、被告本蔵に対し、契約金として五〇万円を交付することとするが、同被告は、一年以内に原告の下を退職したときは、退職の日から五日以内に右契約金を返済する旨

(三) 被告本蔵は、同被告をホステスに指名した顧客のジョリファムでの飲食代につき、顧客からの集金の有無に拘わらず、飲食の日から三〇日以内に、原告へ右飲食代を支払う旨

2  被告中川健一(以下「被告中川」と略称する)は、前同日、原告に対し、被告本蔵の原告に対する本件約款上の債務につき、同被告に連帯して支払う旨を保証した。

3  貸付金関係

(一) 原告は、前同日、被告本蔵に対し、貸付金約款の一〇〇万円を貸し渡した(以下、右金員を「本件貸付金」という)。

(二) 因みに、原告は、被告本蔵から、本件貸付金のうち既に四八万九三〇〇円の返済を受けた。

4  契約金関係

(一) 原告は、前同日(昭和五六年一月三〇日)、被告本蔵に対し、契約金約款の五〇万円を交付した(以下、右金員を「本件契約金」という)。

(二) しかるところ、被告本蔵は、同年七月三一日、原告の下を退職した。

5  飲食代関係

(一) 訴外佐藤某ならびに進藤某(以下「佐藤」「進藤」と略称する)は、いずれもジョリファムで被告本蔵をホステスに指名して飲食した顧客であるが、佐藤の昭和五六年三月六日、同月一二日および同月一三日の飲食代は、合計で二七万四六七〇円、進藤の同月一二日および四月一日のそれは、合計で二一万七四七〇円であった(以下、右両名の飲食代合計四九万二一四〇円を「本件飲食代」という)。

(二) そして、被告本蔵は、佐藤ならびに進藤から本件飲食代を既に集金済みでもある。

6  従って、被告らは、本件約款および連帯保証契約に基づき、各自、原告に対し、本件貸付金(残金)、同契約金および同飲食代を支払う義務がある。

7  仮に、本件約款のうち飲食代約款が無効で、被告らに本件飲食代の支払義務がないとしても、

(一) 被告本蔵は、原告から佐藤ならびに進藤の名、住所、勤務先等を告げるよう再三に亘って求められたのに、これを拒絶し、右両名の名、住所、勤務先等を明らかにしなかった。

(二) それがために、佐藤ならびに進藤が飲食した日から一年以上を経過した現在では、一年の消滅時効にかかる本件飲食代を原告が右両名から回収することはできず、原告は、本件飲食代相当の損害を蒙るに至った。

(三) 被告本蔵は、原告が前記損害を蒙るであろうことを知りながら、あるいは、少しく注意すれば知り得たのに、佐藤ならびに進藤の名、住所、勤務先等を告げなかったものである。

(四) 従って、被告本蔵は、原告に対し、その不法行為によって原告が蒙った本件飲食代相当の損害を賠償する責任がある。

(五) 被告中川は、昭和五六年一月三〇日、原告との間で、被告本蔵がその故意又は重大な過失で原告に損害を与えたときは、同被告に連帯して損害賠償の責に任ずる旨の身元保証契約を締結した。

(六) 従って、被告中川も、身元保証契約に基づき、原告に対し、被告本蔵が前記(三)の故意又は重大な過失によって原告に与えた前記(二)の本件飲食代相当の損害を賠償する責任がある。

8  よって、原告は、被告ら各自に対し

(一) 貸付金約款および連帯保証契約に基づき、本件貸付金(残金)五一万〇七〇〇円

(二) 契約金約款および連帯保証契約に基づき、本件契約金五〇万円

(三) 主位的には飲食代約款および連帯保証契約に基づき、予備的には不法行為および身元保証契約に基づき、本件飲食代もしくはこれに相当する損害金四九万二一四〇円

以上合計金一五〇万二八四〇円およびこれに対する弁済期の後(右(三)の予備的請求の関係では不法行為の後)の日である昭和五七年二月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告本蔵)

請求原因1、3の(一)および(二)、4の(一)および(二)、5の(一)の事実はいずれも認める。同5の(二)の事実中、被告本蔵が佐藤からその飲食代を集金したとの点は認めるが、進藤からその飲食代を集金したとの点は否認する。なお、被告本蔵は、佐藤から集金した飲食代を他の顧客の飲食代の支払に充てるべく原告に入金した。同6の主張は争う。

請求原因7の(一)の事実は否認する。同(二)の事実は知らない。同(三)の事実は否認する。同(四)の主張は争う。

(被告中川)

請求原因1、2、3の(一)、4の(一)の事実はいずれも認める。同3の(二)、4の(二)、5の(一)の事実はいずれも知らない。同6の主張は争う。

三  抗弁

1  公序良俗違反(被告ら)

(一) 貸付金約款および契約金約款による本件貸付金および同契約金は、俗に「バンス」とも呼ばれ、被告本蔵が原告に雇傭されるに際し、いわば前借した金員である。

(二) しかも、その前借金である本件貸付金および同契約金は、実際に被告本蔵に手渡されたわけではなく、同被告がジョリファムに勤務する前に稼働していたクラブ「奈々」への債務を清算するため、原告から奈々に対して支払われているのである。

(三) 被告本蔵は、原告との間の貸付金約款および契約金約款のために、原告の下に一年間勤務し、毎月三〇万円、年額三六〇万円以上の売上を条件(義務)づけられており、これに違反し、また、同被告が原告の下を退職したときは、本件貸付金については即時に同契約金については五日以内に返済しなければならない立場にある。

(四) それがために、被告本蔵は、原告の下からの転退職を著しく制限される。

(五) 従って、貸付金約款および契約金約款は、公序良俗に反するというべきである。

(六) また飲食代約款も、本来ならば原告がその負担と危険において回収を図るべき顧客の飲食代を、原告の従属的立場に置かれている被告本蔵の責任において支払わせるものであって、原告の債権回収の一方的な便宜のために、且つ、その優越的地位を利用して取り決められたものである。

(七) しかも、顧客の来店・飲食を拒み得ない被告本蔵にとっては、その責任において支払うべき顧客の飲食代が際限なく増加し、苛酷な責任を強いられる結果となる。

(八) 従って、かかる飲食代約款も、また、公序良俗に反するというべきである。

2  弁済(被告本蔵)

仮に、貸付金約款に基づく本件貸付金の返済義務があるとしても

(一) 被告本蔵は、原告に対し、原告の自認する四八万九三〇〇円のほか、さらに七〇〇円を返済した。

(二) 従って、本件貸付金残金は五一万円である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

同(一)の主張は争う。同(二)の事実中、本件貸付金が被告本蔵の奈々への債務の清算のために用いられたとの点は認めるが、その余の点は否認する。なお、本件貸付金が奈々への債務の清算のために用いられたからといって、その使途が右のように限定されているものではない。また、本件契約金は、被告本蔵に対する賞与を原告において前払したものである。同(三)の事実は認める。同(四)および(五)の主張はいずれも争う。

同(六)ないし(八)の主張はいずれも争う。なお、飲食代約款が公序良俗に反するとしても、それは、被告本蔵が顧客から未だ集金していない飲食代についていえることである。請求原因5の(二)のとおり同被告が既に佐藤ならびに進藤から集金済みの本件飲食代について、原告がその支払を求めることは、何ら公序良俗に反するものではない。

2  抗弁2について

同(一)の事実(七〇〇円の返済)は否認し、同(二)の主張は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本件貸付金(残金)、同契約金および同飲食代の請求に対する判断

一  請求原因1、3の(一)、4の(一)の事実は、当事者間に争いがない。同4の(二)、5の(一)の事実は、原告と被告本蔵との間では争いがなく、原告と被告中川との間では、右弁論の全趣旨により、これを認めることができる。そして、同2の事実は、原告と被告中川との間に争いがない。

二  そこで、以下、本件約款の効力の有無(抗弁1の当否)について検討すると、

(原告と被告本蔵の雇傭契約締結に至る経緯)

《証拠省略》によれば、(1)被告本蔵は、「国賓」という店でホステスとして働き始め、その後転職して、クラブ「奈々」のホステスとして稼働していたが、昭和五五年暮頃、ジョリファムの従業員であった鈴木某からジョリファムへの転職を勧められたこと、(2)被告本蔵は、奈々との間で、後に原告と取り交した飲食代約款と同旨の取決めをしており、当時、同被告をホステスに指名した奈々の顧客の飲食代として一五〇万円前後のそれが集金未了であって、これを自己の債務と考えていたこと、(3)しかし、右鈴木の勧めでは、奈々への債務については原告が支払ってくれるとのことであったので、被告本蔵は、同年一二月二五日頃からジョリファムで働くようになり、その後暫くした昭和五六年一月三〇日、期間を同月七日から一年間と定めて原告(店長鈴木雅晴)と雇傭契約を締結し、これと同時に、本件約款を取り交したことが認められ(但し、右雇傭契約の締結および本件約款の取交しの点は、各当事者間に争いがない)、右認定に反する証拠はない。

(本件貸付金および同契約金の額の決定とその使途)

本件貸付金および同契約金は、前者が一〇〇万円、後者が五〇万円、以上合計一五〇万円であるところ、《証拠省略》によれば、原告と被告本蔵の間で貸付金および契約金の額を右のとおりと定めたのは、同被告の奈々への債務が一五〇万円であったがためであり、同被告が原告から本件貸付金を借り受け、また、本件契約金の交付を受けた形式で貸付金約款および契約金約款が取り交されてはいるものの、同被告が実際に右一五〇万円を受領したわけではなく、原告から奈々に対し、被告本蔵の右奈々への債務の支払のために送金されて、これが利用されている、と認められる。《証拠判断省略》

(奈々に対する債務支払の要否)

本件貸付金および同契約金でもって支払われた被告本蔵の奈々に対する債務は、既に説示したとおり、本件約款のうちの飲食代約款と同旨の取決めに基づく債務というのであるから、ここで、原告と被告本蔵の間で取り交された右飲食代約款の効力を考察しておくこととするが、弁論の全趣旨に照らせば、当該飲食代約款は、被告本蔵らのホステスが同ホステスを指名した顧客のいわゆる掛売による飲食代を右顧客から集金し、これを店に入金するいわば集金事務の委任的な約旨の部分と、右の顧客が飲食代を支払わない場合に、ホステスがその支払の責に任ずるいわば保証的な約旨の部分とに分けることができる。

扨て、《証拠省略》によれば、(1)ジョリファムにおいては、来店した顧客の飲食代を掛売にするかどうかは、専ら右顧客に指名されたホステスの判断に委ねられており、掛売とした場合には、店で二通作成する右顧客への売上伝票の一通をホステスに交付し、これにより、ホステスが右飲食代の集金にあたること、(2)もっとも、ホステスが集金できない場合には、その旨の届出があれば、ホステス以外の集金担当者が集金にあたり、それでもなお集金できなければ、店の損金として処理することがあること、(3)右の扱いは、ひとりジョリファムにおいてだけではなく、クラブ業界の一般的な扱いでもあることが認められ、右事実に徴すれば、顧客に指名されたホステスがその顧客の飲食代を掛売にするかどうかの判断を任せられ、集金事務を委ねられること自体は、その懈怠が制裁を伴い、雇傭契約上の地位の不安定等をもたらさせるものでない限りは、合理的でないとはいえないし、殊に、ホステスが顧客から飲食代を集金し得た場合には、それを店に入金すべきはむしろ当然のことであって、この点で、飲食代約款のうちの委任的部分には、何ら不合理な要素はない。

これに対して、飲食代約款のうちの保証的部分をみると、前示のとおり、顧客の飲食代を掛売にするかどうかの判断は、専ら指名されたホステスに任せられているところ、これを特に合理的な扱いでないともいえないのであるが、《証拠省略》によって認められるホステスに課せられた売上基準高(因みに、被告本蔵の場合に、右売上基準高が純売上毎月三〇万円、年額三六〇万円であったことは、各当事者間に争いがない)を勘案すれば、ホステスが顧客への掛売を拒絶することはそう容易なことではないと認めざるを得ないし、売上基準高を達成しなければならない立場にあるホステスに顧客の飲食代の支払義務を負わせる飲食代約款のうちの保証的部分は、その内容において、ホステスに苛酷な負担を強いることにもなりかねない。しかも、《証拠省略》によると、ホステスが顧客の飲食代を集金・入金できなければ、給与から右飲食代を差し引かれることがあるというのであるから、ホステスにとって、売上基準高を達成しようとして、売上(掛売)を増加させれば、それに反比例して、受け取る給与(手取り)が減少するという危険を免れない。もっとも、既に説示したとおり、ホステスが顧客の飲食代を集金できない場合に、店の側で、これを損金として処理することもあるが、他方で、右の給引処理もなされ得るのであって、常に損金処理がなされるものでない以上、右保証的部分がホステスに及ぼす先の危険(効果)は否定できない。そして、右保証的部分が店の側の飲食代回収の便宜を目的として取り決められていることは、その約款自体の内容から明らかであるし、これに加えて、雇傭契約の締結に際して取り交される右約款をホステスの側で拒否し得る可能性がほとんどないことも、両者の立場を考えれば否めないところである。そうとすれば、飲食代約款のうちの保証的部分は、その内容・効果・目的ならびにこれを取り決める当事者の立場を考慮するとき、公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。

そして、右に説示したところによれば、右飲食代約款と同旨の取決めに基づく被告本蔵の奈々に対する債務も、また、公序良俗に反する無効な取決めに基づくものと推認され(因みに、被告本蔵が奈々の顧客から飲食代を集金済みであるのに、入金していないという事情を認むべき証拠はない)、被告本蔵において、右債務を履行すべき義務はなかったものと解される。

(奈々に対する債務支払についての原告の関与)

もっとも、奈々に対する債務が公序良俗に反する取決めに基づくものであって、本件貸付金および同契約金がその支払に充てられたといっても、本件貸付金を貸し渡し(借り受け)、本件契約金を交付(受領)した原告と被告本蔵にとってみれば、右はその縁由に過ぎないし、奈々に対する債務が公序良俗に反する取決めに基づくとの一事でもって、右貸渡し(借受け)および交付(受領)自体が公序良俗に反するということはできない。

しかしながら、本件にあっては、先に説示したように、被告本蔵に奈々からジョリファムへの転職を勧めたのは、原告であって、その際に、同被告の奈々に対する債務の支払を原告の側から申し出て、本件貸付金および同契約金の額も、右債務の額に合わせられ、被告本蔵に手渡されることなく、原告から奈々へと送金されていることに鑑みると、本件貸付金の貸渡しおよび本件契約金の交付は、実質的にみれば、原告において、被告本蔵の奈々に対する債務を第三者弁済したに均しいともいえる(因みに、第三者弁済であれば、その弁済の対象となった債務が公序良俗に反する取決めに基づくものであったときに、弁済者が債務者に対して求償し得る余地はないと解される)。

しかも、原告が右の関与をなすに際して、被告本蔵の奈々に対する債務の何たるかを知悉していたことは、《証拠省略》によっても、明白である。

(貸付金約款および契約金約款の効力)

本件貸付金の貸渡しおよび本件契約金の交付の実質および原告の関与が右のとおりであることに加え、貸付金約款および契約金約款によって、被告本蔵に抗弁1の(三)のとおりの売上基準高の達成等が条件(義務)づけられていること(右抗弁1の(三)の事実は、各当事者間に争いがない)をも考慮すれば、右貸付金約款および契約金約款は、本来、被告本蔵が支払う義務のない債務の支払のために、原告において、その出捐をなす半面で、同被告を原告の下に拘束し、就業を続けることを余儀なくさせ得るものであって、公序良俗に反し、無効であるというべきである。

本件において、被告本蔵は、前示したところ(請求原因4の(二))から明らかなとおり、昭和五六年七月三一日、原告の下を退職してはいるが、それ故に、右の拘束力がなかったとはいえない。それというのも、《証拠省略》によれば、被告本蔵は、その売上基準高を達成すると、一日二万円の給与(保証給)の支払を受け得るところ、その達成ができず、昭和五六年四月分の給与は、一日一万六〇〇〇円に減額となり、且つ、本件貸付金の返済(毎月二〇万円)分を控除される等して、支給されたそれ(一ヶ月の手取り)は、三万八六九〇円に止まり、右返済額の減額を交渉したが受け容れられず、さりとて、それでは生計も立てられないため、次第に出勤の足も遠のき、遂には右のとおりの退職に至ったものと認められるのであって、却って、同被告の退職は、右の拘束力の強さを物語るといえるからである。

従って、抗弁1は理由があるので原告が被告らに対し、貸付金約款および契約金約款(被告中川に対しては、さらに、その連帯保証契約)を理由に、本件貸付金(残金)および同契約金の返済を求めることは許されないといわざるを得ない。

(飲食代約款の効力)

既に説示したとおり、飲食代約款は、ホステスが顧客から飲食代を集金した場合に、それを原告に入金すべき委任的部分について、これを公序良俗に反するとはいえないところ、被告本蔵が本件飲食代のうちの佐藤の飲食代二七万四六七〇円を集金済みであることは、原告と被告本蔵との間では争いがなく、原告と被告中川との間では、右弁論の全趣旨により、これを認めることができる。そうとすると、原告が被告らに対し、飲食代約款のうちの委任的部分(被告中川に対しては、さらに、その連帯保証契約)に基づき、右飲食代の引渡を求め得るのは当然であって(原告の請求も右の趣旨と理解することができる)、その限りでは、抗弁1の主張を採用することはできず、原告の請求は理由がある。

因みに、被告本蔵は、佐藤の飲食代を他の顧客の飲食代の支払に充てるべく入金したと反論するが、右入金の事実が仮に肯認されるとしても、その結果として他の顧客の飲食代の支払を問題にし得るか否かは兎も角として、佐藤の飲食代の支払(引渡)義務を免れ得るとは解されないから、右反論を抗弁主張として検討する余地はない。

これに対して、進藤の飲食代二一万七四七〇円については、被告本蔵がこれを集金済みであるとの事実を認めるに足る証拠はないから、原告の請求は、飲食代約款のうちの保証的部分に基づくものと理解するほかなく、右保証的部分が公序良俗に反し、無効であることは、既に説示したとおりであるから、抗弁1は理由があり、原告が被告らに対し、右飲食代の支払を求めることは許されない。

三  以上の次第であれば、原告の被告らに対する本件貸付金(残金)、同契約金および同飲食代の支払請求は、佐藤の飲食代の支払を求める限度では理由があるが、その余はいずれも理由がない。

第二予備的請求に対する判断

一  原告は、本件飲食代の支払請求に関し、予備的に、同飲食代相当の損害賠償の請求をなすので、以下、本件飲食代のうち進藤のそれに関する右予備的請求について判断する(なお、佐藤のそれに関しては、主位的請求が理由があるので、判断しない)。

二  《証拠省略》によれば、(1)進藤は、被告本蔵がジョリファムで稼働していた当時、同被告と同居関係にあったこと、(2)右の関係は、原告の従業員で、集金担当者である清水明博も知っていたこと、(3)右清水は、被告本蔵が原告の下を退職した後、本件貸付金等の返済交渉のため、同被告方を訪れたことがあるが、その際、清水自身が被告本蔵と同居中の進藤と会い、先の飲食代の支払交渉をなしていることが認められる。

原告は、被告本蔵が進藤の名、住所、勤務先等を原告に告げることを拒絶したと主張(請求原因7の(一))するが、進藤について、右の主張事実を認めるに足る確たる証拠は存しないし、また、右の認定事実に鑑みれば、集金担当者が進藤に面会しているのであって、右主張を肯認することもできないというべきである。もっとも、《証拠省略》によれば、清水と進藤とが面会した折、飲食代の値引を求める進藤に口添えして、被告本蔵が「自分で何とかするので、支払を待って欲しい。」旨の発言をしたことも認められるが、右の発言が同被告に何らかの契約上の債務(もとより、飲食代約款に基づくものではない)を生ぜしめるか否かは扱て措き、右発言をもって、原告主張の不法行為を構成するようなものとも解されない。他に、進藤の飲食代につき、被告本蔵に不法行為に基づく損害賠償責任を肯定させる事実を認むべき証拠はない。

三  従って、被告らに対して進藤の飲食代相当の損害賠償を求める予備的請求は、爾余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がない。

第三結論

よって、原告の本件請求は、被告ら各自に対し、佐藤の飲食代二七万四六七〇円およびこれに対する弁済期の後であることが明らかな昭和五七年二月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却することとし(なお、佐藤の飲食代相当の損害賠償を求める予備的請求については判断しない)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 滝澤孝臣)

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